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まず何が幸福へと導き、何が不幸へと導くのかを知りましょう。そして不幸へ導く要素を徐々に消していき、幸福へと導く要素を養っていく。それが幸福への道です。
ソース:脳にいいことだけをやりなさい。 |
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飽くまで自分が視て、感じたことだけを。
■とにかく、人々が親切。 1.地下鉄の切符の買い方からして分からないから駅員さんに聞くと、 丁寧に教えてくれ、発車ギリギリだったために駆け込み乗車をすると、 駅員さんがドアが閉まるギリギリに入ってきて、 我々が忘れた小銭を届けてくれる。 駅員さんは、一駅乗って降りていった。 2.焼き肉屋で大学生たちがわいわい呑んでいる。 田舎にいきたかったので、行き方を教えて欲しかった。 Can you speak English?と尋くとNo! 「にほんごで」 5人いたうちの2人が日本語を話せる。 すごく丁寧に教えてくれる。 3.iPhoneをデパートのトイレに忘れる。 外国で遺失物が戻るのは非常に稀だと思う。 少なくとも3日間は負の感情を一切受けなかった。 唯一、空港の入国審査が無愛想だったくらい。 みんなが親切にしてくれた。 ■時差無し ■飯うますぎ ■みなさん日本語がじょうず。 商売はもちろん、街で一般人に道を尋いても日本語が返ってくる。 街の看板には日本語がよく使われている。 間違いは多少はあるが、中国、台湾、ベトナム、フィリピンに比べれば全然まし。 日本語で話しかけてくる人は騙す意図はなく、単純にコミュニケーション、勉強の意図で話してくる。 ■なにか一貫したマナーと礼儀を感じる。 割り込みとかそういうものがない。 唯一気になった点は…、車優先の交通ルールなのね。 ■街の作りが日本と同じ印象。坂が多いくらい。 ■日本製品が少ない。 日本車は見た限りでは一台もなかった。 独自の発展を感じた。(内実は帰国後に知る) ■人々はフランク おじちゃん、おばちゃんの愛嬌は最高。 通勤電車の表情は、明るくはなかった。 街の人に尋いた「日本人の印象」がよく残っている。 「私、たくさん日本人の友達います。いい人もいます。悪い人もいます。それはどこの国も一緒ですね。 私は日本の友達のことはよく覚えています。好きです。そして、今日会ったあなたたちのことも忘れません。」 |
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おまえの母さんはとても美しい声をしていたがね、アヴァンチュールの場合となると、さかりの季節のナイチンゲールみたいになるんだよ、トレモロでね。
アルベルト・モラヴィア『ローマへの旅』 これは相当に熱い。 以前、ショックを受けた三島由紀夫のセイレーンを使った性描写から受けたショックに近いものがある。 トレモロでねってのがトドメで、これにノックアウトせらる。 |
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志村けんさんのことを調べていたら
荒唐無稽なマンガやアニメを排除していて一切読まないのだという。 ギャグはリアルな身近からもってくるという考え方で これは色々なるほどど思わされた。 彼のギャグって確かにってのもあるし、 そのこだわりに対してもなるほどだし もうひとつ響いたのは、そういう世界、人生ってどうなんだろう マンガが分からないんだよね? ま、己も車が運転できないから同じようなものか |
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自分のやってる仕事の意義を感じろなんて言う。
自分が作った商品が誰に届いて、喜んでもらえるところを想像してみろ。自然、やる気も出てくるだろう、とか。 無理無理 どんな高尚な意義も、後付けに過ぎない。 まずは、「働こう」という意識が先だ。それがなければなにも積み上がらない。 「十分遊んだ。働こう」という意識が最初。 特に己は。 周りが言うように想像力が低いから仕事がつまんないのかなー、なんて考えてた時間が馬鹿らしく思える。 ■気づいたきっかけそういえばそうだ |
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駅のロータリーに車を停め、中で着替えていると母が言った。
「みんな、なにしてんだろうってみてるよ」 母が言ったその目は己には見えない。 まるで、霊感や、マジックアイや、錯覚や、初めて写真というものをみた人間が遠近感を全く計算できないように、己には見えなかった。 母と己では世間様の目が違うのだ。 これは若い人たちが衆目の中で化粧をする話とも繋がってくると思った。 そして孤独感とも。 みられていないから孤独なのであり、みられたいのだ。 己はむしろみられていないことを、これ幸いとするタイプだが。 しかし母に言わせればみられているわけで。 なんとも不思議な話だ |
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南北問題という経済概念がある。
手垢にまみれて久しい言葉であるし、最近はアジア最強のシンガポールやインドの台頭もあり、実情を表してはいないがざっくり考えた時に北と南でなにが違うかと考えるに、仕事(経済活動)においての厳しさの有無ではないだろうか。 南のみなさんは、北側の厳しさに違和感を覚えるのだ。 なぜ、そこまで厳しいのか、と。 なぜ、と問われるに答えは多分、「北(気候的な意味)ですから。」 そして、厳しさがあるから経済発展を手に入れているのだ。 だが、それはもちろん一方向的な、世界人類が競って目指すべき価値観ではないだろう。 厳しさがないから人情を基調にした感性豊かな社会が展開可能なのだ ■気づいたきっかけ 職業柄 |
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小学校の夏休み、田舎に帰省していた。
「ちば」とは言え、関東圏に属していた己は、田舎に征くとある種の優越感があった。 なにがどうと具体的には挙げないが 田舎はやはり田舎の町の作りをしていて、 その事実だけでこっちは優越感である。 もちろん、それを表に出したりはしない。 優越感はもっているだけでいい。 果たして近年になって、都会と郊外の差はほとんどなくなってしまった。 どこのまちにいっても、そんなに大差はない。 ジャンプの発売日に差が出るわけでもないし、 インターネットがないわけでもない。 今、世界をみたときに、同じ事が言えるように思う。 途上国という言葉があるが、それでも首都は大したもので インターネットがないわけはないし ケータイの機能が劣るわけでもない。 外資の入ったデパートでは、流行も最先端だ。 真のグローバルとはこんなものかもしれず、 グローバル化が進んでるということに喜びを覚えつつ どこかさみしい。 |
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Author:多苗尚志
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