これだけ愛というものが声高に語られながら
なぜ尚 愛は限定的で間接共感なのだろう。 つまり 「あなたの大切な人」と言う。 大切な人というのは家族や恋人・友人を指すのだろう。 私にも大切な人がいます。あなたにも大切な人がいます。 愛って素晴らしいですよね、と共感する。 それはしかし 私が大切な人を愛するように あなたも大切な人を愛しているのでしょう、と間接的に推察をしているだけ。 なぜ、直接あなたを愛せないのだろうか。 家族がいなければ? 恋人がいなければ? 好きな人がいても、その人に振り向いてもらえなければ? そこに愛はないのだろうか。 ざんねんでしたで終わりなのだろうか。 マザーテレサやガンジーといった偉人のすばらしさはそこにあるのではないか。 すなわち、彼らは全存在を愛したのだ。 ■気づいたきっかけ 蓄積型。なにがきっかけというわけではない スポンサーサイト
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相手に直接の不利益がなくとも関係が壊れることはある。
己は己がダメ人間だからという理由だけで友人を2人失っている。 ■気づいたきっかけ 昔を思い出して |
どこの国の社会システムにだって問題はあるだろう。
この国はどこの国よりも住みやすい、生きやすいなどという表現は浅薄というものだ。 個人の個性のように全ての国が長所と短所をもっていて輝ける長所は短所に支えられているものに過ぎない。 人つきあいのように「私は」どこの国のシステムと相性がいいという言い方は可能であるかもしれない。 単純に長所や短所のみを指摘してそれをそのまま異なる社会システムに適用させようというのは、母親が我が子に対し、よその子の長所を指して「ああなりなさい」と示す暴力にも似る。 バランスなのだと思う。 長所と短所(当然両者は考察の視点をもった際に現れる相対的な価値に過ぎないが)を内包しつつその中で、多分、「経済とヒューマン」という軸でバランスをとるのだと思う。 そのバランスの具合で好きだとか誇りが持てるなどの価値判断に至ると思う。 日本は清潔、電車が時間に遅れないなどの意味で圧倒的に経済に長けているが、杓子定規な役人気質、驚異的な休暇の少なさ、情に疎いなどの意味でヒューマンに欠けている。 バランスは、現時点では悪いと己は思う。 |
外国に滞在した視点から本国を見直した際の気づきというものは、単純に旅費と滞在日数の価値を割ることはないだろう。
またすぐに本国の価値観に順応してそれを当たり前だと感じてしまうのだし。 |
己の人生史上、面白い倭(おとこ)ベスト3を挙げよう。
ベスト3の中でもトップは間違いなく宮坂善晴。 彼はボランティアサークルで出会った。 もうひとりは岩下拓。彼は己の弟分の実弟。 もうひとりは森山卓也。 高校のサッカー部で一緒だった。 彼ら3人の共通点をみてみると己のギャグ観が分析できる。 まず基本的にいじられキャラ。 フリへの応対に最大のおかしみを感じる。 それ故にライブであり、彼らのキャラを知らない人には、まず絶対にこの面白みを伝えることができない。 更にキャラを知っていたとしても、スピードや口調、表情に価値があるので、その場にいなければ説明ができない。 そしてこの楽しみはある種の様式美であり、己は己のフリへの返答を楽しんでいる。 彼らはそのエキスパートというわけだ。 連歌や返歌という形に近い。 それ故に一般化されず、キャラを知っていてその場にいても尚、彼らと己のやりとりになんら面白みを感じられないという向きも往々にしていらっしゃる。 ビートたけしさんが昔、著書で「一部の人しか笑えないギャグほど高級」という発言をされていたが己はそれに同意する。 己はしばしば、数人の仲間といても無視して、返歌職人と限られた人数で高級な蜜をむさぼってしまうことがある。 |
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Author:多苗尚志
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